雨の中の木曽御嶽登山(2)2014/08/11

 女人堂から暫く登ると森林限界に到達し、背の高い樹木がなくなるため、遮るものがなくなった雨が、直接降りかかる。

 風もまた、幾分強くなったようだ。

 雨具のズボンを取り出して履き、ザックカバーをかける。

 いよいよ、雨中行軍の様相だ。

 やがて、大小の岩が累々と積み重なる登山道の傾斜がきつくなる頃には、雨粒もかなり大きくなり、雨具を打つ音も激しくなる。

眼鏡も曇って、一段と視界が狭くなる。

 

 時計を見ると、10:00前。

 時間的にはまだ余裕があるので、石室山荘で休憩することにした。

 300円の休憩料で暖かい飲み物がサービスされると云うのは、この雨中行軍には、とてもありがたい。

 濡れたザックをブルーシートの上に降ろし、ホットココアを飲む。

 ここまで雨の中を歩き続けてきたため測っていなかった血糖値を測ると、意外にも239mg/dl…

 特に体調に変化はないので、急激な血糖低下のリスクを回避するため、補正インスリンは打たないでおく。

 

 約30分の休憩の後、ザックを背負って外に出てみると、雨は一段と強くなっている。

 覚明堂を過ぎて、最後の登りにさしかかる頃になって、またもや、左脚太腿に痛みが出始めた。

 5月の御前山の時ほどではないので、とにかく、これ以上酷くならないように、歩くペースを落としたため、奥さんと息子からかなり遅れてしまったようだ。

 大きな岩が積み重なる登山道の先を眺めても、吹き付ける雨に遮られて、2人の姿は見えない。

 この雨の中、二人を待たせるのは申し訳ないので、可能な限り急ごう。

 

 御嶽山頂上山荘の前で一呼吸入れて、82段の石段を一気に上る。

 御嶽山には初めて登ったが、山頂は御嶽神社の境内となっていて、いつもの「登頂」とは何となく雰囲気が違う。

 同じ信仰の山である富士山でも、最高峰の剣ヶ峰の山頂では「山に登った!」って感動が心の底から湧きあがってきたが、ここでは、何か違う。

 頑丈そうな石積みの土台の上にご神殿が祀られ、その両側に、大小の石像が立ち並ぶその光景は、ただの「山」ではなく、何か特別なものを感じさせる。

 富士山でも、その他の山でも、神社や祠のある山頂をいくつも経験してきているが、ここ御嶽山山頂は、それらとは違う独特の雰囲気がある。

 これまでは、「山頂にある神社(祠)」と云う意識が強かったが、ここの場合は、正に「神社そのもの」なのである。

 ここまでの道のりは、確かに「山登り」なのだが、ここに立ってみると、「(神社に)お参りに来た」と云う感覚のほうが強くなる。

 

 そもそも、2週間前に「御嶽山に登ろう」と思い立ったのも、何の脈絡もなく、全くの思いつきでしかなかった。

 7月初め頃までは、「尾瀬も良いね」なんて言っていて、燧ケ岳の情報なども集めていたが、 燧ケ岳の見晴らし新道が通行止めになっていることを知って、「じゃぁ、どこにしよう」と模索していた中で、奥さんの口から、ポロリと「御嶽山」の名前がこぼれたのが切っ掛けだった。

 別に「御嶽山」に執着していたわけではなかったが、何となく、自分の心にも引っ掛かるものがあって、今回の登山(木曽旅行)に繋がったのだ。

 

 そして、昨日までの台風と、今朝まで残った強風・・・それに、今も続いている雨。

 計画を取りやめる機会は、いくつもあった。

 それでも、こうしてここ、御嶽山神社奥社の前に立っている。

 いつもの山歩きとは違う、何か、大きな力の存在を感じてならない。

 誰かに背中を押されながら、あるいは、誰かにザイルで引っ張られながら、ここまで辿り着いたような不思議な感覚・・・

 

 5月に御前山と草津白根の逢の峰に登った以来、久々の山歩きなので、そんな感慨が湧いてくるだけなのだろうか?

 

 いずれにしても、無事ここまで登って来れたこと、それから、これからのみんなの健康と幸せをお祈りして、手を合わす。

 

 雨は一向に弱まる気配を見せないので、奥さんが、社務所で御朱印帳を買うのを待って、とりあえず、頂上山荘に戻って休憩することにする。

 

 小屋の中ではストーブが焚かれ、入口に近い場所で3組のパーティ(10人程度)が休憩していた。

 真ん中の通路を奥まで行って、ザックを降し、濡れた雨具を脱いで、鴨居に張られた物干しロープの、なるべくストーブに近い場所に掛ける。

 雨に濡れたせいもあって、真夏だというのに、ストーブの炎が嬉しい。

 

 今回の山歩きでは、テレビの山番組や登山雑誌で話題のJETBOILを新調していたが、小屋の中では使えないので、3人分のお湯を買って、持ってきたカップラーメンを作って食べる。

 

 我々が休憩している間に、先着していた3組のパーティは全員出発し、入れ替わりに、3組のパーティが入ってきた。

 そのうちの一組みのおばさんパーティは、お土産を買ってすぐに出て行ったが、あとから入ってきた4人組のパーティ(一人は若い女性だった)は、それぞれ、錫杖を持ったり、首に数珠をかけたりと、明らかに他の登山者とは雰囲気が違う。

 小屋の主とも懇意のようで、おそらく、御嶽講の一行なのだろう。

 本来なら、この時季、たくさんの登山者で賑わうのだろうが、流石に、この雨の中登ってくる人は少なく、ある意味、ラッキーだったかも知れない。

 

 窓の外が少し明るくなったように感じたので、暫く待っていたが、雨が止む気配はない。

 これでは、計画通り二の池、三の池を回って摩利支天に登っても、絶景は期待できそうにないし、三の池ルートの残雪地帯の下りも気になるので、予定を変更して、このまま同じルートを下ることにして、12:30に頂上山荘を後にする。

 

 雨に濡れた岩で滑らないように注意しながら下ること約1時間。

ようやく頭上に雲の切れ目が見え始め、女人堂に着いた時には雨も止んでいたが、振り返ると、御嶽山はまだ厚い雲の中。


もう少しで女人堂


 ふと、当初下山路として予定していた三の池ルートへの入り口をみると、朝はなかった工事用のバリケードが置かれ、「通行止め」の標識がぶら下がっていた。

(下山後、前日の台風11号の影響で土砂崩壊が発生していたことを知り、改めて、幸運に感謝した)

雨上がりの小屋前のベンチにザックを降し、小休止。オレンジを食べる。

久々の山歩きに、息子は、かなりバテたようだ。

 

女人堂まで下って、ようやく晴れ間が見えてきた


女人堂から下は、雨が止んで時間が経っていたのだろう。

登山道に水が溢れている個所は、朝と比べると、はるかに少なくなっている。

 

暫く下ると、登ってくる団体の列とすれ違った。

登山靴に登山用ザックという山装備の人もいたが、大半は、スニーカーにタウン用デイバックという格好で、歩き方も、とても山慣れてしているとは思えない。

 

「女人堂まで、あとどれくらいですか?」

 

 と声をかけてきた親子連れの足元も、何となく覚束ない。

 ここまで、5分程度で下ってきていたので、

 

「あと、10分くらいですよ」

 と答えはしたが、かなり疲れているようだ。

 

中には、杖(と云っても、登山用の伸縮式のストックではなく、街中で使っているような普通の杖だ)を頼りに、ゆっくり登ってくるお婆さん(?)もいる。

 

一体、これは・・・?

 

ふと見ると、登ってくる団体は、全員、見覚えのある同じバッチをつけている。

手を繋ぐ青、赤、黒、黄、緑の5色の人型シルエット・・・

旅行業大手のクラブツーリズムのシンボルだ。

最初は、「ハイキングツアー」なのかな?と思ったが、それにしては、登ってくる一群の装備は、あまりに、山には似つかわしくない。

列をなして登ってくる一団に道を譲りながら下っていくと、他のツアー客たちと比べると多少は山慣れしていそうな雰囲気の女性が、

 

「上まで登って来られたンですか?」

 

 と、声をかけてきた。

 

「ええ」と答えて、「今日は、お泊りですか?」と訊き返すと、女人堂まで行って引き返してくるらしい。

時計をみると14:00を過ぎている。

 

「ロープウェイの駅に16:45集合なんですが、大丈夫でしょうか?」

 

 と、通過する一団を見送りながら、不安げに尋ねる女性。

 確かに、一行の足取りをみると、手放しで安心できる様子ではないが、雨も止んで晴れ間も見えてきていることだし、ここから(行場山荘と女人堂のちょうど中間付近)だと、どんなにゆっくり歩いても、女人堂まで1時間もかかるとは思えない。

 

「大丈夫でしょう」

 

 とは答えたものの、心配は拭い切れない。

 時間的な心配よりも、むしろ、不慮の事故の心配の方が大きい。

 

「お気をつけて」

 

 と、女性と別れた後も、暫く、ツアー客の列は続く。

 登山慣れしていそうにないグループが見えると、通常ならすれ違える程度の場所でも、立ち止まって道を譲る。

 ところが、そう云う山慣れしていない人からすると、道を譲られるとかえって急いで通過しようと慌てるので、その度に「ゆっくりで良いですよ」と声をかけなければならない。

 当然、こちらのペースも、予定も乱される。

 信仰の山である御嶽山でこんなことを思うのは不謹慎なのかもしれないが、正直、迷惑な話でもある。

 もちろん、ツアー参加者には、何の非はない。

 彼らは、ツアー会社が「大丈夫」と云っているから、参加しているに過ぎない。

 問題は、やはり、ツアー会社にある。


 

 下山後、クラブツーリズムのWebサイトで、今回出会った団体と思しきツアープランを探してみると、ロープウェイからの大パノラマと大自然を満喫!日本のキリマンジャロ「霊峰御嶽山」標高2150m!秘境の原生林ウォーク”と云うのがヒットした。

 このツアーでは、ロープウェイで飯森高原駅まで登ったあと、約120分の散策が計画されているが、飯森高原駅周辺だけの散策なら2時間もかかるはずはないので、ここで、女人堂(八合目)までの「登山(ガイドブックなどに表示されているコースタイムが、登り下り合計で丁度2時間)」を意図していると思われる。

 しかし、ツアーの案内には、どこにも、一言も「登山」と云う表現はなく、注意事項に

 

●歩きやすい靴、動きやすい服装でご参加下さい。

 

 と書かれているだけだった。

 ちなみに、同じサイトで、別のツアーも調べてみたところ、都会の観劇ツアーの注意事項にも同様の記載があり、おそらく、この一文は、定型文なのだろう。

 逆に考えれば、都会の観劇ツアーも、御嶽山の山歩きも、同じ靴や服装でも構わないと云うことだ。

 それとも、ツアーの企画者は、実際にこのルートを歩いてみて「観劇ツアーと同程度」と判断したのだろか?

 そもそも、わざわざ「歩きにくい靴」や「動きにくい服装」でツアーに参加する人がいるのだろうか?

 これは、どう考えても、ツアー会社の怠慢としか思えない。

 ツアー会社には、もっと真剣に「参加者の安全」を考えて欲しいものだ。

 

 ぞろぞろと登ってくるツアー参加者の列が途切れて暫く下って行場山荘に、そこから、清々しい桧の香りの中を抜けて、飯森高原駅に到着。

山の上は、今日一杯は晴れそうにないな


 晴れていれば、展望台からは、木曽駒ケ岳をはじめとする中央アルプスの稜線が真正面に見渡せるのだが、あいにく今日は、雲に隠れてしまっている。

 

「よし、また今度・・・」

 

 暫し、斜面を吹き上げてくる風の中で、今日1日を振り返る。

古だぬきも登ってきたよ


(本日のコースタイム)

御嶽ロープウェイ飯森高原駅(7:45)―――(7:55)行場山荘(7:55)―――(8:40)女人堂(8:50)―――(10:00)石室山荘(10:30)―――(11:15)御嶽山(11:20)―――(11:20)頂上山荘(12:30)―――(12:55)石室山荘(12:55)―――(13:45)女人堂(13:55)―――(14:35)行場山荘(1435)―――(14:40)御嶽ロープウェイ飯森高原駅