素晴らしき大パノラマ2013/08/16

 4:00
 早立ちの登山客が起き出して、小屋の中が、にわかに騒がしくなってきた。
 朝食は5:30からだが、ぐっすりと眠れたので、このまま起きて、早めに支度を済ませておこう。

 5:00
 外に出て見上げると、刷毛でなぞったような薄雲の奥に、真っ青な夏空が広がっている。
 今日も天気は良さそうだ。

 6:05
 いよいよ、鳳凰三山の縦走に出発。
 小屋の直ぐ脇から、這松に挟まれた隘路を暫く登ると、白砂の台地に飛び出す。
小屋の横からは、暫くハイマツの間を登る

 薬師岳山頂だ。
 右を見ると、雲海の向こうに、富士山が広大な裾を広げている。
 あいにく山頂部は、雲に隠れて見えなかったが、非常に薄い雲なので、運が良ければ1時間もすれば風で飛ばされて、富士山頂が顔を出してくれるだろう。
 背後には、白根三山が、昨日と変わらぬ雄姿をみせてくれている。
 八ヶ岳も奥秩父の山々も、雲海の彼方に浮かんでいる。
 あぁ、なんという絶景かな
 今日は、半日、この素晴らしい大パノラマの中を歩くのかと思うと、ワクワクと心が躍り出す。

薬師岳山頂

 記念写真を撮った後、白砂を踏んで、鳳凰三山の最高峰観音岳を目指す。
 標高2800mの稜線は、太陽に近い分、結構暑い。
 南御室小屋で汲んできた水はあと2L程度残っているが、広河原に下るまで水場がないので、節約しなければならない。
 歩くペースを抑えて、這松と岩の入り組んだ稜線を、一歩一歩を踏みしめながら歩く。

岩と白砂が混在する稜線を、観音岳に向かう

大きな岩を乗り越えると・・・

鳳凰三山最高峰の観音岳山頂に到着


 大岩が重なり合った観音岳の山頂からの眺めは、正に、圧巻だ。
 目の前の白根三山はもとより、360度遮るものが何もない空間に、真っ白な雲海が果てしなく広がり、重畳と連なる名だたる山々が小島のように浮かぶ景色は、もはや、筆舌に尽くし難い。
 ただ呆然と立ちすくむだけだ。

山頂の大岩の上で記念撮影

 大岩を降りて、ふと足元に目をやると、三角点の石標の下にひとかたまりのタカネビランジが、微かな風に揺らいで、岩の上から眺めた勇壮な世界とは対照的な、可憐で清楚な世界がそこにあった。

 名残を惜しみながら、観音岳を後に、三山最後の地蔵岳に向かう。
 岩稜帯を暫く下り、鳳凰小屋への分岐を見送ると、再び、白砂のなだらかな稜線が続く。
 天に向かって聳え立つオベリスクの岩塔が、次第に近付いてくる。

地蔵岳のオベリスク・・・あそこまで登れるかなぁ?

 赤抜沢の頭では、20人ほどの登山者が休憩していた。
 昨夜の薬師岳小屋では見かけなかった顔がほとんどなので、おそらく、鳳凰小屋から登ってきたのだろう。
 我々は、そのまま賽の河原に下る。
 たくさんのお地蔵さんに手を合わせて、今回の登山のお礼と、みんなの健康をお祈りした後、オベリスクの基部に向かう。
 オベリスクの少し手前で、昨日、砂払で出会った単独行の若者に再会する。
 彼は、昨日のうちに鳳凰小屋まで脚を延ばしたらしい。
 
 「オベリスクに登ったのか?」

 と訊くと、途中まで行ったが、トップの岩塔は諦めたらしい。
 2つの岩の間にロープが架かっていて、それを登るらしいのだが、ここからではよく見えない。

 よっしゃ、とにかく行ける所まで行ってみよう!

 ロギング中のタブレットを持って行くため、自分のザックはデポして、奥さんのザックを借りることにした。

 基部から見上げる岩塔は、流石に圧巻だが、少なくとも途中までは大岩が積み重なっているだけで、ホールドもスタンスも豊富にあるから、そんなに苦労はしないだろう。
果敢にオベリスクにアタックしてみるも・・・

 岩角に手をかけて、登り始める。
 下からルートを指示しながら、奥さんを先に行かせる。
 こんな急峻な岩場を攀じ登るのは、随分久し振りで、心が躍っている。
 岩塔直下のテラス状の大岩までは難なく登ることができたが、そこから見上げた岩塔には、これまでのようなしっかりした足場は見当たらない。
 確かに、先端からロープ(と云っても、いつ架けられたかもわからないような汚れたロープ)がぶら下がっているだけで、岩そのものの表面には、クラックどころか、ホールディングできるような凹凸は、一切見当たらない。
 スベスベの巨大な一枚岩が、支え合って屹立しているだけだ。

 てぇことは、10数メートルの垂壁を、1本のロープを頼りに、腕の力だけで登れってか!?
 クライミングシューズでもあれば、脚の踏ん張りようもあろうが、ビブラム底のトレッキングシューズじゃなぁ...
 それに、30年前ならいざ知らず、中年太りのこの身体を、垂直に10mも引き上げるなんて、考えただけでも恐ろしい。

 「うん、やめよう」
 
オベリスクの岩塔までは登れなかった

 諦めの良い古だぬき一行は、惜しげもなくオベリスクを後にする。
(ロギングデータを見たところ、しっかりとオベリスクの中心部までトレースが残っているので、まぁ、知らない人が見れば「登った」と勘違いするかもね)

 賽の河原に並ぶお地蔵さんにもう一度お礼をして、赤抜沢の頭まで登り返す。
 赤抜沢の頭には、相変わらず大勢のパーティーがいたが、白鳳峠方面に向かう人は少ないようだ。
 歩き始めて暫く行くと、昨日、苺平手前の広場以来、先になり後になりしながら、同じコースを歩いて来た、我々よりも若干歳上の夫婦連れ追い越したが、それ以外の登山者とは行き会わない。
 ガイドブックには、「オベリスク、白鳳峠~広河原を結ぶコースもよく歩かれている」と書いてあったが、一体、何を見て書いたのだろう?

 這松に覆われた岩稜を一旦下り、再び100mほど登り返すと、今回の縦走最後のピーク、高嶺に着く。
 高嶺の山頂も、岩が重なり合った展望の良いピークだ。
 ザックを降ろして休憩していると、白鳳峠方面から、一人の青年が登ってきた。
 仙水小屋から来たらしい。
 今日は夜叉神に下るのか?と訊くと、鳳凰小屋にもう1泊するとのこと...
 羨ましい限りだ。
 ザックを背負い直したところに、先程追い越した夫婦連れが、息を切らしながら登ってきた。
 3人に別れを告げて下り始める。

 高嶺からは、急な岩場の下りが続く。
 歩き出して暫くすると、前方の稜線に、薄いガスが湧き始めた。
 まだ午前中だと云うのに、このガスの流れは、ちょっと気になる。
 そう云えば、富士山の頂にかかっていた薄雲も、ほとんど動いていなかった。
 
 ひょっとすると、今日も、早い時間に雨になるかも?

 そんな不安を抱きながら、岩場を下っていると、ガレ場に変わる少し手前で、若いカップルとすれ違う。
 男性の方は、片手に長く伸ばしたストックを持っているため、足元が覚束ない。

 「この先は、急な岩場が続くので、ストックは仕舞った方が良いですよ」

 と、声をかけると、

 「ありがとうございます」

 と、今時の若者にしては素直な返事に、山の空気のような心地良さを感じる。

 急なガレ場を、浮き石に気を付けながら下って行くと、道は、やがて樹林帯となり、白鳳峠に到着する。
 時間は少し早いが、この先は、暫くガレ場が続き、その先は、梯子やロープの架かった場所もある、樹林帯の急降となるので、おそらく、ゆっくり休憩できる場所などないだろうから、ここで昼食タイムとする。

 ザックからコンロを取り出し、昨日汲んできた南アルプス天然水を、カップ2杯分だけコッヘルに注いで、ティーバックを浮かせて火にかける。
 残しておいたおにぎりと、小屋で受け取った弁当のパンを食べながら、紅茶を飲む。
 いつものことながら、山の水で沸かした紅茶は、ホントに旨い。
 もっと飲みたいところだが、残りの水は1L足らず。
 2時間ちょっとの下りを考えて、ここは我慢しよう。

電池切れのため、白鳳峠から先の写真が撮れなかった


 食事を終えて、いざ、広河原に向けて出発だ。
 樹林帯は峠の一画だけで、下り始めると直ぐに、ガレ場となり、約30分間は僅かな日陰もない直射日光の中を行く。
 全身から、汗が吹き出してくる。
 時折、吹き上がってくる風が心地良いが、風が止むと、また、ドッと汗が流れる。
 10分も歩くと水を飲みたくなるが、ガマン、ガマン...
 ガレ場をグングンと下り、樹林帯に入ると、日射しが遮られるので、少しは涼しくなったが、それでも汗は止まらない。
 樹林帯に入っても急勾配は変わらず、むしろ、ガレ場よりも滑りやすい斜面を、更に30分ほどジグザグに下って行くと、最初の梯子が見えてきた。
 高さはないが、ほとんど垂直に架けられた2つの鉄梯子を、前向きで慎重に下る。
 梯子を降りたところで、ふと足元を見ると、ポツリポツリと、水滴が落ちてくる。

 雨?

 頭上を見上げたが、木々に覆われて、空の様子は分からない。
 しかし、見上げた顔に落ちてくる雨粒は感じられないので、まだ大丈夫だろう。
 ルートを示すロープに沿って、急な斜面を更に下って行くと、3つめの梯子場だ。
 今度の梯子も2つに別れているが、こちらは、先程の2つよりも高い。
 今度は、ザックを引っ掻けないように、後ろ向きで下る。
 最後の梯子を下り終えた先で、黄色と黒の縞のロープ(いわゆるトラロープが、登山道を横切っている。 
 道の脇に立てっていた杭が抜けて、ロープが外れてしまったようだ。
 この付近はロープが錯綜していて、ロープだけに頼ると、どこを歩いて良いのか分からなくなるので、しっかりと踏み跡を辿ろう。

 このルートは、どこまで下っても傾斜は緩やかにならない。
 やがて、野呂川の流れの音が大きく聞こえるようになった辺りで、下の方に、数人のパーティーの姿が見えてきた。
 約1時間前に樹林帯を下り始めて以降、初めて見る人の姿に、何となく安心感を覚える。
 
 と、また、足元に水滴が、ポトリ...

 雨?

 いやいや。
 よく見ると、水滴は、自分の顎の下から落ちているではないか!
 先程から雨粒と思っていたのが、実は、自分の汗だったことに、初めて気が付いた。
 
 その後も、ジグザグの急降が暫く続き、ようやく広河原と北沢峠を結ぶ林道が、木々の間に見える場所まで下ったところで、休憩中の先行パーティーに追い付いた。
 昨日、薬師岳小屋に泊まっていた、外国人の団体だった。

 ほどなく、林道に降り立ち、舗装路を約10分歩いて、広河原のバス停に到着。
 インフォメーションセンターに立ち寄り、下山届を提出する。
 少し休んで、外に出てみると、今度は本当の雨がポツポツと降り出してきた。

(本日のコースタイム)
薬師岳小屋(6:05)---(6:15)薬師岳(6:15)---(6:40)観音岳(7:00)---(8:05)赤抜沢ノ頭(8:05)---(8:10)賽ノ河原(8:15)---(8:30)地蔵ヶ岳(8:35)---(8:45)賽ノ河原(8:45)---(8:55)赤抜沢ノ頭(8:55)---(10:05)高嶺(10:10)---(10:45)白鳳峠(11:05)---(13:10)広河原登山口(13:10)---(13:20)広河原バス停


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