南アルプス再訪(2) ― 2015/08/12
3:00
外に出てみると、藪沢カールの真上に、満点の星空が広がっていた。
防寒着を着込んだ何人かの男女が、小屋前のベンチに寝転がって、星空を眺めている。
自分も星空の写真を撮ろうと、空いていたベンチに腰掛けてカメラの準備をしていたが、山シャツ1枚では流石に寒くて、サッサと小屋の中に戻ってしまう。
この天気なら、ご来光も期待できそうだ。
4:15
飲み物やカメラなど必要なものだけを奥さんのザックに詰め込んで、ヘッドランプを頼りに、昨日下ってきた道を、山頂目指して登り返す。
歩き始めて暫くは、夜明け前の冷たい風に、喉がゼーゼー言って、呼吸を整えるのに苦労したが、10分も歩くと身体が温まって、呼吸も楽になってくる。
山頂には、既に20名くらいの登山者がご来光を待っていた。
正面には、標高日本第2位の北岳が聳え立ち、その左肩には、富士山がシルエットとなって雲の海に浮かんでいる。
北岳の山頂からは、右に、間ノ岳、西農鳥岳へと、標高3000mの稜線が続き、左に目を転じると、薬師岳、観音岳、地蔵ヶ岳と、一昨年に登った鳳凰三山が峰を連ね、昨日登ってきた小千丈尾根の先には甲斐駒ヶ岳、更にその奥に、八ヶ岳の峰々も白い雲の上に顔を出している。
振り返ると、雲海の彼方には、北アルプスの峰々も見渡せる。
こんな大絶景には、そうそうお目にかかれるものではないだろう。
ご来光を拝む前から、この素晴らしい山岳展望に、思わず涙が溢れてくる。
4:53
山小屋の主人に教えてもらった日の出の時間になったが、東の空には大きな雲が浮かんでいて、なかなか太陽が顔を出さない。
それでも、山頂に陣取った登山者たちは、そこを立ち去ろうとしない。
暫くして、アサヨ峰の上に、眩い光を放ちながら太陽が顔を覗かせると、登山者たちの口から、一斉に感嘆の声が漏れる。
みんなの顔は赤く染まり、誰もが、「感謝」の二文字を、その表情に浮かべている。
この素晴らしい景色を眺めることができたことへの感謝
生かされていることへの感謝
あらゆるものへの感謝の気持ちが、言葉を超えて、3033mの頂に溢れていた。
…ように感じたのは、自分だけだろうか?
小屋に戻って朝食を済ませると、身支度を整えて、6:15、出発。
多くの人たちは、小屋前の分岐を小千丈尾根に登り返していたが、自分たちは、馬ノ背分岐に向かって下り始める。
ハイマツ帯を150mほど下って振り返ってみても、こちらに下って来る登山者の姿は見えない。
やはり、こちらのルートは、マイナーなのだろう。
しかし、今日の天気ならば、馬ノ背からは、きっと素晴らしい山岳展望が楽しめるはずだ。
ワクワクしながら、つい、急ぎ足になる。
すると、背後から、スーっと、黒い影が追い越して行って、5mほど先の木の枝に止まった。
目を凝らしてみると、体長30cmくらいのホシガラスだ。
カメラを取り出して、驚かさないようにゆっくりと近づいたが、すぐ傍まで行っても、ホシガラスは悠然と枝に止まって、周囲をキョロキョロとしている。
今回の山行では、初めての野生生物との遭遇だ。
やがて、馬ノ背分岐を左に折れて、いよいよ、丹渓新道に入る。
背丈ほどのハイマツの間を抜けて稜線に出ると、突然、目の前が開けて、延々と連なる山並みが飛び込んでくる。
地蔵尾根の右奥に連なるのは中央アルプス。
南駒ヶ岳、空木岳、木曽駒ヶ岳と、右に目を移していくと、その奥に、昨年の夏に息子を連れて登った御嶽山の姿も見える。
その時はあいにくの雨で、「秋にでも、もう一度来よう」なんて言っていた矢先に噴火して、大勢の犠牲者を出した活火山の頂に降り積もった火山灰が、ここからでも見て取れる。
更に目を右に移すと、乗鞍岳、穂高岳と北アルプスの峰々が続き、目を凝らすと、槍の穂先もハッキリと見え、飽きることなく、更に北に連なる山並みは、鹿島槍辺りまで同定できる。
感動で胸が一杯になる。
この素晴らしい山岳展望を眺めながら暫く進むと、今度は、お花畑が広がる。
ウサギギクやシナノキンバイなど、可憐な高山植物が、風に揺れている。
…と、突然、目の前を黒いナイロン製の柵が遮る。
「行き止まり?」
道を間違えたつもりはないのだけど…?
よく見ると、柵にはラミネートした注意書きがぶら下がっている。どうやら、シカによる食害防止柵のようだ。
柵を縛ったナイロン紐を解いて中に入ると、柵を元通りにして、ナイロン紐で縛りなおす。
暫く行くと、再び、同じ柵が現れるので、先ほどと同じようにして、柵の外に出る。
やがて目の前に黄色い大ぶりの花の斜面が現れる。
北岳の草すべりでも見た、マルハダケブキの群落だ。
ルートは、マルハダケブキの斜面をトラバースする。
傾斜がきつい上、一面に、大きなフキの葉が覆っているため、油断をすると足を滑らせそうになる。
慎重に踏み跡を選びながら、黄色の斜面を通過する。
マルハダケブキの斜面を超えて暫くした辺りで、登ってくる一人の男性に出会った。
小屋を出発して以来、初めて出会う登山者だ。
「こんにちは」
と声をかけると、向こうも
「初めて人に会った」
と、驚いた様子…
こんなマイナーなルートを登ってくるのだから、よほどの山好きなのだろう。
下り始めて約1時間半で、独標を通過。
ここからは、樹林帯を一気に下るのだが、このペースで下ると、丹渓新道登山口にはかなり早いく到着しそうだ。
予定していたバスは、歌宿を10:40発だから、登山口付近を通過するのは10:50頃になるとして、1時間半は待つことになりそうだ。
なるべく待ち時間を短くしようと、樹林帯の道をのんびり下り始める。
暫く下ると、倒木で登山道が寸断されていたが、少し離れた木の枝に目印の赤テープが揺れているので、道を踏み外す心配はない。
途中で休憩してグレープフルーツを食べたり、キノコの写真を撮ったりしながら、ゆっくり下ったが、それでも、高度はグングン下がって、9:40、登山口に到着。
バスが来るまで、お茶でも飲みながらのんびりしようと、木陰にレジャーシートを広げて、コンロを出そうとしているところに、林道の下の方から車の排気音がする。
???
すると、間もなく、南アルプス交通のバスが、カーブを曲がってきた。
バスの行き先表示は「回送」になっている。
呆気にとられて立ち尽くす2人の前に止まったバスの乗降口が開いて、中から、運転手が声をかけてくる。
運転手)「北沢峠?」
たぬき)「はい」
運)「じゃぁ、乗って行く?」
た)「良いンすか?」
運)「良いよ」
広げた荷物を慌ててザックに詰め込んで急いで乗り込むと、運転手は直ぐにバスを発車させた。
運)「鋸岳?」
た)「千丈から」
運)「ああ、丹渓新道を下ってきたのね」
運転手の話では、丹渓新道を使う登山者は、年間でも10名いない程度らしい。
「どっちから登ってきたか?」と訊かれたので「広河原から」と答えると、無線で、広河原行のバスの時間を問い合わせてくれた。
あいにく、広河原行は北沢峠を出たばかりで、次のバスは13:30ということだったが、まぁ、この後は、予約をしている桃の木温泉に行くだけなので、何も慌てる必要はない。
天気も良いので、北沢峠でのんびり昼寝でもしよう。
10:00
北沢峠着
こもれび山荘でコーヒーを飲んだ後、広河原行バス停(北沢峠のバス停は工事中で、仙水峠登山口前が、臨時のバス停になっていた)まで下ると、近くにレジャーシートを敷いてお湯を沸かして、昨日の昼に食べる予定で持ってきたカップラーメンを食べる。
食後に、ベンチの裏にレジャーシートを移して横になっていると、1台のバスが登ってきた。
時計を見ると、まだ12:00を少し過ぎたばかりで、この時間に登ってくる定時バスはないはずだが…
ほぼ満席のバスは、一旦、通過した後、暫くして、空っぽになったバスが、北沢峠から下ってきて、臨時バス停の前で停まった。
臨時運行?
少し期待しながら、運転手の動きを目で追ってみたが、暫くすると、運転席のシートを倒してうたた寝を始めた。
どうやら、定時間まで待つつもりらしい。
仕方がないので、こちらも、レジャーシートに横になる。
30分ほどすると、再び、バスが登ってきた。
今度は2台並んでいる。
おそらく、広河原12:30発の定時バスで、これが北沢峠でUターンして、13:30発の広河原行になるのだろう。
やがて、2台のバスが戻ってきて、先ほどのバスの後ろに停車した。
直ぐに乗車券を販売するのだろうと思ったが、なかなか、販売所の窓口は開かない。
後ろの方に並んでいた登山者と運転手の会話を聞いていると、どうやら、この2台も定時バスではなく、乗車券販売員は後からくるバスに乗って来るらしい。
バスは3台もあるのに、乗車券が売れないから、出発できない。
規制路線での公共交通機関の運行ルールと言ってしまえば仕方がないのかもしれないが、何とも、情けない話だ。
やがて、乗車券販売員を乗せたバスが登ってきた。
「待ってました」とばかりに、乗車券を購入して、先頭のバスに乗り込む。
こうして、今年の夏山も、とても想い出に残るものとなった。
(本日のコースタイム)
千丈小屋(4:10)---(4:40)仙丈ケ岳(5:10)---(5:30)千丈小屋(6:15)---(6:45)馬ノ背分岐(6:45)---(7:10)馬ノ背(7:10)---(7:45)独標(7:45)---(9:40)丹渓新道登山口











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